9 下関市役所第一別館(旧下関郵便局電話課分室)

保存運動により「第一別館」の名が浸透しているが、元々は大正後期逓信省が全国主要都市に建設した電話局舎の一つである。当時の逓信省営繕課には分離派で有名な山田守らがおり、各施設とも外観はドイツ表現主義的作風でまとめられ、また標準設計の導入の意図が見られた。現在は、この種の建物では、ここ下関と旧門司郵便局電話課分室(大正13年、山田守設計)が残るのみである。 西側の田中川に面した階段室塔屋のパラボラ・アーチ、フルーティングを持つ列柱や3階の半円形の窓・同心円状の装飾などに見る徹底した表現への傾倒は、正に大正後期建築の典型である。また最上階にあるドレンチャー用水槽の塔屋、放物線の特徴的なアーチが極めて印象深い。昭和18年(1941)に電話局として独立、昭和44年に下関市が譲り受けて市庁舎別館として使用していた。平成11年、一時解体が決まっていたが、市民の熱心な要望活動が実を結び、再度保存が決定。今後の再活用が検討されている。
9 下関市役所第一別館
   (旧下関郵便局電話課分室)
 庁舎
 1923年(大正12年)
 逓信省営繕課
 不詳
 RC+煉瓦造3階建
 下関市田中町5−7